更新日:
2026/6/2

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「うちは救急を断らない」——多くの病院が掲げてきたこのスローガンが、なぜ現場では空回りするのでしょうか。経営層が宣言しても、救急隊からの電話は鳴りません。3〜4ヶ月の「沈黙期間」を耐え、実績を積み重ね、ようやく信頼に変わります。本稿では、「断らない宣言」を単なる掛け声で終わらせず、組織のオペレーションと地域の信頼に着地させるための3段階ロールアウト戦略を解説します。
※本記事は、当社システム(ドクターズプライムワーク)で2025年12月末時点までに100病院超・累計救急受入患者数16万人の救急体制改善を支援してきた現場知見と、厚生労働省・消防庁の一次情報をもとに、「断らない宣言」を院内オペレーションと地域の信頼に着地させるための実務ポイントを解説します。
「断らない宣言」が失敗する最大の理由は、宣言と実績が結びついていないことにあります。宣言だけが先行し、現場の受入実態が伴わなければ、救急隊からは「口だけ」と判断されます。これは精神論ではなく、救急医療の構造そのものに根ざした問題です。
その構造を理解するうえで、まず救急需要の現状を押さえておく必要があります。令和6年中の救急出動件数は772万740件に達しました(消防庁「令和7年版 救急・救助の現況」)。このうち救急自動車による出動件数は771万8,380件で、集計を開始した昭和38年以降の最多を記録しています。搬送人員のうち高齢者(65歳以上)は63.3%を占め、傷病程度では軽症が46.8%、中等症が44.6%と、軽症・中等症が大半を構成しています。

引用:「令和7年版 救急・救助の現況」の公表(令和8年1月)
つまり、現場で病院が向き合う救急の多くは、判断に迷いやすい中等症・軽症の患者なのです。
ここで見落とされがちなのが、救急隊側の「情報の流通構造」です。救急隊は日々複数の病院に受入照会をかけており、その経験は口コミとして共有されます。「今日はあの先生だから厳しいかもしれない」という情報が、救急隊の間で実際に回っているのです。逆に「あの先生がいる日は受けてくれる」という評価も同様に流通します。宣言が機能するかどうかは、この口コミ構造のなかで実績がどう蓄積されるかにかかっています。
したがって、「断らない宣言」は2方向で設計する必要があります。一つは院内全職種への「組織への約束」、もう一つは救急隊への「外部への約束」です。この2つを切り分けずに掲げると、宣言は宙に浮きます。
「断らない宣言」は、宣言・実績・信頼という3つの段階を順に踏むことで、はじめて地域の信頼に着地します。この順序を飛ばすことはできません。重要なのは、各段階に固有の時間軸と耐えるべき局面があると理解することです。
段階①|宣言(0〜1ヶ月):院内全職種と救急隊に対し、「これから救急を断らない」という方針と、その根拠(経営判断・体制整備)を発信する段階です。
段階②|実績(1〜4ヶ月):電話が鳴らない時期を耐えながら、来た要請を確実に受け続ける段階です。最も苦しく、最も離脱しやすい局面です。
段階③|信頼(4ヶ月〜):救急隊の口コミが回り始め、要請件数が増加に転じる段階です。
ある2次救急病院(東京都内・約100床規模)では、新型コロナ禍で年間の救急受入が約半減した状態から、救急専門医の着任を機にこの3段階を実行しました。着任直後は宣言を掲げても「電話が全く鳴らない時期が3〜4ヶ月続いた」とされます。それでも諦めずに受け続けた結果、着任2年後には受入台数がコロナ前比で約2倍の水準まで回復しました。沈黙期間の存在を前提に設計するかどうかが、この成否を分けます。

引用:「令和7年版 救急・救助の現況」の公表(令和8年1月)
3段階のそれぞれで、経営層が打つべき具体的なアクションは異なります。段階ごとに「誰に・何を・どう」発信し運用するかを整理します。
段階①|宣言の設計では、対象と根拠を明示します。対象は院内全職種・救急隊・地域の3層に分け、それぞれに届く形で発信します。根拠は「なぜ今、断らない方針に舵を切るのか」という経営判断と、それを支える体制整備(当直体制・受入ルール)の両方を示します。根拠のない宣言は、現場に「また上が思いつきで言っている」と受け取られかねません。
段階②|実績の運用では、日々の受入と振り返りを仕組み化します。前述の病院では、断った理由を毎朝の日報・朝会で全員が振り返る運用を導入しました。「断りにくい雰囲気」を意図的に醸成することで、受入意識の底上げを図ったのです。ここで効くのが、応需をためらわせる要因への対処です。現場が受入を躊躇する背景には、専門外への不安、救急外来の混雑、病床の逼迫、複雑な背景を持つ患者への警戒、そして「なぜこんな患者を受けたのか」と院内から問われることへの萎縮があります。このうち院内からの圧力は、経営層が「受ける」という方針を明確に掲げることで解消できる要因です。方針が明示されれば、現場は自信を持って受けられます。
段階③|信頼の可視化では、救急隊との関係を継続的に育てます。毎月の救急隊とのミーティングで受入状況を共有し、口コミの広がりを実績データとして可視化します。信頼は一度築けば自動的に続くものではなく、継続的な対話によって維持される関係資本だと捉える視点が求められます。
3段階ロールアウトの成否を最終的に決めるのは、沈黙期間における経営トップのコミットメントです。電話が鳴らない数ヶ月を、組織として耐えられるかどうか。ここで旗振り役が折れれば、宣言全体が崩れます。
前述の病院の副院長は、改革の要諦を「自分が折れないことが一番大事。自分が折れるとチーム全体が傾く」と語っています。さらに「いくら言っただけでも信用は誰もしてくれない。しっかり断らずに受けていくことが救急隊との信頼関係に繋がる」とも述べています。この2つの言葉は、沈黙期間の本質を突いています。信頼は宣言ではなく実績の蓄積によってのみ生まれ、その実績を積み続けるにはトップが折れない環境が不可欠だということです。
実績が定着した後の変化は、別の病院の事例にも表れています。

引用:「令和7年版 救急・救助の現況」の公表(令和8年1月)
ある2次救急の輪番病院(千葉県内・約250床)では、外部の救急専門医の導入と院内の受入ルール設計を組み合わせ、輪番日の応需率を60%台から90%超へと引き上げました。輪番日には1日15〜20台の救急をスムーズに受けられる体制が定着しています。この病院の院長は、その変化をこう表現しています。
「救急隊もドクターズプライムワーク医師がいる日は断らないという認識ができてきて、かなり幅広く要請が来るようになった」
この発言が示すのは、実績の蓄積が救急隊側の「期待値」を書き換えるという事実です。「あの病院は受けてくれる」という認識が定着すると、要請の幅そのものが広がります。これこそが段階③で起きる信頼の好循環であり、経営トップが院内・救急隊・地域の3方向で発信を続けた先にたどり着く到達点なのです。
なお、こうした受入拡大を持続させるには、出口の設計も欠かせません。受入が病床の長期占有につながると体制は早晩行き詰まります。受入上限のルール化や転院・退院の調整を並行して整えることが、沈黙期間を越えた後の安定運用を支えます。
本稿の論点を3つに整理します。
ポイント1:「断らない宣言」は、宣言と実績が結びつかなければ「口だけ」と判断される。救急隊の口コミ構造のなかで実績が評価される世界だからこそ、宣言は院内と救急隊への2方向で設計する。
ポイント2:宣言→実績→信頼の3段階には、3〜4ヶ月の沈黙期間が構造的に組み込まれている。この期間を前提に設計できるかどうかが成否を分ける。
ポイント3:沈黙期間を耐える鍵は、経営トップが折れないこと。実績の蓄積だけが救急隊の期待値を書き換え、要請の幅を広げる。
「断らない宣言」は、広報施策ではなく組織変革です。それは経営層が「自院は地域救急の担い手であり続ける」という覚悟を、院内・救急隊・地域に向けて表明する行為にほかなりません。電話が鳴らない数ヶ月を、自院は組織として耐え抜けるか——その問いに答えられるかどうかが、宣言を信頼へと変える分岐点になるのではないでしょうか。
本稿で触れた「宣言→実績→信頼」のロールアウトや受入ルールの設計について、具体的な運用事例や導入効果に関心のある方は、各病院のインタビュー記事もあわせて参照ください。「救急車のたらい回しを解決し、病院経営を黒字化する」——『断らない医師』と『データ分析』の救急改善プラットフォーム、ドクターズプライムワークは、本稿で紹介した多くの病院の取り組みを現場で支援してきました。
A. 救急隊からの要請が増え始めるまでには、一般に3〜4ヶ月程度の「沈黙期間」を見込む必要があります。宣言直後は電話が鳴らない時期が続きますが、これは失敗ではなく実績が蓄積される前の正常な過程です。この期間を前提に経営計画を組むことが重要です。
A. 宣言した方針を実際の受入実績で裏付け続けることが唯一の方法です。救急隊の間では「あの病院は受けてくれる」という口コミが流通しており、断らずに受け続けた実績がこの評価を書き換えます。あわせて、毎月の救急隊とのミーティングで受入状況を共有すると、関係の継続的な強化につながります。
A. 経営トップが方針を曲げず、発信を続けることが最優先です。現場が受入を躊躇する要因のうち、「院内から問われることへの萎縮」は経営層の方針明示で解消できます。あわせて、断り理由を朝会や日報で全員が振り返る運用を導入すると、受入意識の底上げと現場の納得感の醸成を同時に進められます。
総務省消防庁
執筆・編集・監修
執筆・編集:ドクターズプライムワーク編集部
「救急車のたらい回しをゼロにする」をビジョンに、100病院を超える支援実績を持つ救急改善プラットフォーム「ドクターズプライムワーク」を運営しています。現状を可視化する「データ分析」と、病院が主体となって医師を確保できる「採用プラットフォーム」を一体で提供し、「自分らしく選べる医療をすべての人に」届けるための基盤を構築しています。 当編集部では、医療機関の変革に伴走する中で得られた現場特有の課題や解決のヒントを整理し、病院運営の質を高める有益な情報を発信しています。
監修:田 真茂(株式会社ドクターズプライム 代表取締役・医師)
聖路加国際病院救命救急センターで当直帯責任者を務めた後、2017年に株式会社ドクターズプライムを創業。詳細プロフィールは、会社紹介ページの監修・運営者情報をご覧ください。
参考情報:厚生労働省、消防庁、中医協、四病協資料、自社実績データ



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