更新日:
2026/5/20

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救急車の受け入れ拒否はなぜ起きるのか
「たらい回し」と「受け入れ困難」の違いは何か
受け入れ拒否を減らすには何から始めるべきか
救急車を断っても応召義務違反にならないのか
病院経営にどう影響するのか
論点 | 結論 |
|---|---|
救急車の受け入れ拒否件数 | 全国で年間約170万件、1日約5,000件規模 |
主な拒否理由 | 「手術中・患者対応中」「スタッフ・機材不足」「ベッド満床」 |
主な構造的原因 | 受入基準の属人化、当直医の専門外不安、出口設計の不足、救急隊との信頼低下 |
改善のカギ | 当直医個人の努力ではなく、組織として5つの体制を整えること |
応召義務との関係 | 厚労省2019年通知により、合理的な範囲での受入基準の明文化は可能 |
救急車の受け入れ拒否を減らすには、当直医個人の努力ではなく、受入基準の明文化、病床運用、夜間休日体制、断り理由の可視化、救急隊との信頼関係を一体で整える必要があります。
「医師数を増やす」「設備を増やす」だけでは解決しません。組織として「断らない救急」をどう実現するか、構造的な仕組みづくりが本質です。
総務省消防庁の調査によれば、救急搬送の受け入れ拒否は依然として深刻な課題です。重症患者の救急搬送で医療機関から3回以上受け入れを拒否されたケースは、2010年に過去最多の1万6,381件に達し、4年連続で1万件を上回る状況が報告されました。
1日あたりの規模で見ると、全国で救急隊から「受け入れ困難」と判断された照会は約5,000件、年間では約170万件にのぼると推計されています(自社調査)。
2007年の総務省消防庁調査では、3回以上受け入れ拒否された事例は全国で計24,089件にのぼり、内訳は以下の通りでした(衆議院質問主意書 第169回 第176号 / imidas「救急搬送受け入れ拒否」)。
重症傷病者(救命救急センター搬送事例):14,387件
15歳未満の小児:8,618件
妊婦(産科・周産期):1,084件
15歳未満の小児は「専門外」、妊婦と重症傷病者は「処置困難」が拒否理由として多く挙げられています。
学術論文「ER型中核病院への搬送前に他院で救急車受け入れ拒否(たらい回し)された症例の検討」によれば、5医療機関以上の受け入れ拒否症例の背景には以下が共通しています。
高齢者
精神疾患をもつ症例
アルコール関連症例
つまり、「対応に時間がかかる症例」「医療資源を多く必要とする症例」ほど受け入れが困難になる構造があります。
2010年の総務省消防庁調査では、医療機関側の拒否理由として以下が報告されています。
「手術中・患者対応中」:21%
「スタッフや機材不足で患者への処置が困難」:21%
「ベッドが満床」:19%
注目すべきは、上位3理由のうち2つが「対応能力の限界」、1つが「物理的なベッド不足」である点です。つまり、医師数を増やすだけでは解決せず、受入体制の組織的設計が必要であることを示しています。
「たらい回し」という言葉はメディア由来で、医療現場では「受け入れ不能」「受け入れ困難」と呼ばれることが多い表現です。119番通報した傷病者の元に救急車でかけつけた救急隊員は、傷病者の症状に応じて該当する診療科を選定し、医療機関に受け入れ可能かを問い合わせます。休日や夜間に当直医師の専門外や複数科が必要な症例では、医療機関の選定が困難となります。
医療機関にはキャパシティがあり、救急車を受け入れた直後に別の救急隊から電話がかかってくる、というケースもよくあります。そのような場合は断らざるを得ません。「すべての医療機関が診察を拒否している」わけではなく、「個々の病院の受入能力には限界がある」という構造的な問題があります。
救急車の受け入れ拒否が頻発する病院には、共通する構造的原因があります。
原因1:受入基準の属人化
「誰が当直か」によって受入判断が変わる状態。同じ症例でもベテラン医師は受け入れ、若手医師は断る、という事態が発生します。
原因2:当直医の専門外症例への不安
外科医に対する脳卒中症例、内科医に対する外傷症例など、専門外症例への対応に不安がある状況。バックアップ体制(オンコール医師への連絡基準、専門医への相談ルート)が明確化されていないことが原因です。
原因3:病床満床と出口設計の不足
救急で受け入れても入院ベッドが確保できないため、結果として受入を断らざるを得ないケースです。退院・転院支援、地域連携の弱さが背景にあります。
原因4:救急隊との信頼低下
過去に複数回断られた経験のある救急隊が、最初から候補病院から外す「事前回避」の状態。一度信頼を失うと、回復には時間がかかります。
原因5:常勤医の疲弊と疲労
救急車を多く受け入れる病院ほど、当直医の負担が増えます。たくさん救急車を受け入れても給与は増えず、それどころかより多くの救急車の受け入れ要請が来るようになります。結果として疲弊し、断りが増える悪循環が生じます。
「誰が当直でも同じ判断ができる」状態を作ります。具体的には:
症例別・時間帯別の受入基準を一覧化
専門外症例への対応プロトコルを整備(バックアップ医師への連絡基準、専門医への相談ルート)
救急受入のフロー図を当直室に掲示
経営層が「断らない救急」の方針を明示した上で、現場で実行できる具体的なマニュアルに落とし込むことが重要です。
救急受入を増やすには、ベッドが確保されている必要があります。
退院・転院支援を強化(地域連携部門の機能強化)
病床稼働率の適正値を設定(85〜90%が一般的な目安)
緊急入院用のバッファベッドを確保
DPC収益と連動した病床戦略(救急からの入院症例の収益性を可視化)
医師の働き方改革(2024年4月本格化)により、常勤医の時間外労働に上限が設定されています。そのため、夜間・休日の体制維持には以下の工夫が必要です。
複数医師でのバックアップ体制(当直医1名体制から複数体制へ)
宿日直許可の取得(労働密度がまばらな勤務を労働時間から除外できる制度)
「救急車を断らない」スタンスを持つ非常勤医師の活用
宿日直許可については、後述の「医師働き方改革と当直体制」記事で詳しく解説しています。
「なぜ断ったのか」を全件記録し、改善ポイントを特定します。
不応需の全件で理由を記録(病床満床、専門外、当直医手一杯など)
月次・四半期で集計し、最頻出の理由から優先的に対策
救急隊にもデータをフィードバック
データに基づく改善は、現場の負担感を増やさずに応需率を上げる最も効率的な方法です。
救急隊からの信頼は、データと実績で回復します。
月次の応需率を救急隊に共有
「最近受入を増やしている」というシグナルを送る
地域メディカルコントロール協議会への積極参加
改正消防法に基づく地域協議の場での情報共有
過去に多数回断られた経験のある救急隊は、最初から候補病院から外す「事前回避」の状態に陥ります。これを覆すには、一貫した受入実績の積み重ねが必要です。
2019年通知では、応召義務の判断にあたり「①緊急対応が必要か(病状の深刻度)」「②診療時間内か時間外か」を踏まえたうえで、診療時間内であれば、次の要素を総合的に勘案し、事実上診療が不可能といえる場合に限り診療しないことが正当化されるとされています。
当直医の専門性や診察能力
自院の設備状況を含む医療の提供可能性
他の医療機関で代替可能か否か
つまり、当直医の熟練度や、個々の病院の物的・人的医療資源の限界、周辺医療機関との関係を踏まえ、あらかじめ応需と不応需の線引きを明示しても、対外的に説明して納得を得られる程度に合理的であれば、ただちに法令違反となることはないと考えられます。
「線引きの明示」は、医師の応募増加にもつながり、当直体制の維持にも資する効果があります。
救急車の受け入れ拒否は、地域医療への影響だけでなく、病院経営にも直接的な影響を与えます。
仮に「2日に1件の救急拒否」を年間ベースで試算すると:
年間救急拒否件数:約180件
1件あたりの平均入院収益:約20万円
機会損失:年間約3,600万円
これに加え、救急からの入院は DPC/PDPS(診断群分類別包括評価制度)の救急医療入院として高い評価対象となり、救急補正係数を通じた経営インパクトも生じます。
一度「断る病院」とみなされると、救急隊から最初から候補にされない「事前回避」が起きます。結果として救急車要請が減り、救急からの入院が減り、病床稼働率が下がり、DPC収益も減る、という悪循環に陥ります。
逆に、「救急車を断らない病院」というブランドが地域で確立すると、以下の好循環が生まれます。
救急隊からの搬送件数増加
救急からの入院増加 → 病床稼働率向上
救急医療入院・救急医療管理加算1の算定増 → DPC収益増
地域からの信頼獲得 → 紹介患者の増加
A. 厚労省2019年通知により、当直医の専門性・設備状況・他医療機関での代替可能性を考慮した合理的な線引きは可能とされています。あらかじめ受入基準を明文化し、対外的に説明可能な合理性を持たせることが重要です。
A. 報道リスクは確かにありますが、それ以上に重要なのは「実際の患者の困窮」と「救急隊との信頼関係」です。短期的な報道リスクではなく、地域医療への貢献と病院経営の持続可能性の観点で改善に取り組むべきです。
A. 体制1〜5のうち、最も即効性があるのは「体制4:断り理由のデータ可視化」です。全件記録を始めるだけで、改善ポイントが明確になります。中長期では「体制1:受入基準のマニュアル化」と「体制3:当直体制の強化」が効果的です。
A. データ可視化と受入基準のマニュアル化だけなら3ヶ月で初期効果が見えます。組織文化レベルの改善には6〜12ヶ月、救急隊との信頼回復まで含めると1年以上を想定すべきです。
A. 当直医個人に依存した体制は危険です。「救急車を断らない」スタンスを持つ複数の医師(常勤・非常勤の組み合わせ)でローテーションを組むことで、特定の医師に依存しない体制を作ることが重要です。
ドクターズプライムワークでは、全国100超の病院で救急車受入の改善を支援してきました。代表的な事例:
北里大学メディカルセンター:救急応需率50%未満 → 大幅改善、年間救急車受入数 約3,000台 → 約4,800台
谷津保健病院:輪番日の応需率60%台 → 90%以上、病床稼働率約9割を維持
友愛記念病院:救急受入が年間400台増、常勤医の当直回数が月3回から1回へ減少
山元記念病院:医師少数区域において病床稼働率90%超を維持
各事例の詳細は、導入事例ページをご覧ください。
厚生労働省 医政発1225第4号「応召義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(2019年12月25日)
自社実績データ(2025年12月末時点:導入100病院超、救急平均応需率96%、累計救急受入患者数16万人)
執筆・編集・監修
執筆・編集:ドクターズプライムワーク編集部
「救急車のたらい回しをゼロにする」をビジョンに、100病院を超える支援実績を持つ救急改善プラットフォーム「ドクターズプライムワーク」を運営しています。現状を可視化する「データ分析」と、病院が主体となって医師を確保できる「採用プラットフォーム」を一体で提供し、「自分らしく選べる医療をすべての人に」届けるための基盤を構築しています。 当編集部では、医療機関の変革に伴走する中で得られた現場特有の課題や解決のヒントを整理し、病院運営の質を高める有益な情報を発信しています。
監修:田 真茂(株式会社ドクターズプライム 代表取締役・医師)
聖路加国際病院救命救急センターで当直帯責任者を務めた後、2017年に株式会社ドクターズプライムを創業。詳細プロフィールは、会社紹介ページの監修・運営者情報をご覧ください。
参考情報:厚生労働省、消防庁、中医協、四病協資料、自社実績データ



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