更新日:
2026/6/12

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「来期から救急改革を進める」と決めた経営層が次に直面するのは、「12か月で何がどこまで変わるのか」という時間軸の問題です。マニュアル化、応需率の改善、入院率の向上、そして収益への寄与——それぞれに必要な時間が異なります。本記事では、救急改革の12か月マイルストーンを「組織成熟度カーブ」として整理し、段階ごとに到達すべきKPIと打ち手を明示します。
救急改革は1か月で全てが変わるものではなく、3か月・6か月・12か月の段階を意識した設計が必要です
0〜3か月は「立ち上げ期」(マニュアル化・受入基準の合意)、3〜6か月は「定着期」(応需率80%到達)、6〜12か月は「成果期」(入院率上昇・収益寄与)という成熟度カーブを描きます
2026年度診療報酬改定で新設された急性期病院A・B区分は、救急車受入実績を経営の「生存ライン」として明示しており、改革の時間軸設計がこれまで以上に重要になっています
実際に初年度で3,600万円超の売上増を達成した2次救急病院や、上半期で1億円の増収を実現した事例があり、12か月の改革が経営に直結することは実証されています
救急改革を「1か月で全てが変わる」と期待すると、ほぼ確実に失敗します。これは現場の実感だけでなく、複数の病院事例が裏付けている構造的な事実です。
ある2次救急病院(182床)は、外部医師の導入からマニュアル化、運営委員会の定着、入院率の向上という段階を踏み、初年度でようやく安定的な収益寄与に到達しました。また、別の2次救急病院(183床)では、救急体制の刷新と並行して訪問診療や算定是正を進め、上半期で1億円の増収を達成しましたが、ここに至るまでに政策の読み解きから体制構築までの準備期間が不可欠でした。さらに、ある3次救急病院(736床)は、2つの病院統合後、5年をかけて19億円の赤字から黒字化を実現しています。
これらの事例が示す共通の構造は明確です。救急改革には3か月・6か月・12か月の段階があるということです。この段階を無視して短期成果を求めると、現場が疲弊し、改革そのものが頓挫するリスクが高まります。
救急改革の12か月は、以下の3つのフェーズで「組織成熟度カーブ」を描きます。
このフェーズの核は「仕組みを作る」ことです。具体的には、応需基準のマニュアル化、外部医師の導入と質の担保、そして救急運営委員会の設置が中心的な打ち手になります。
この段階でやってはいけないのは、「応需率の数字」に一喜一憂することです。立ち上げ期はまだ仕組みが不安定であり、日によって応需率が大きくぶれるのは当然です。重要なのは、数字よりも「受入基準が文書化されているか」「断った理由が記録・共有されているか」という仕組みの有無です。
仕組みが動き始めると、応需率は80%前後に安定してきます。このフェーズでは「不当な断り」の可視化が鍵を握ります。断り理由を毎朝のカンファレンスや運営委員会で振り返る文化が醸成されると、現場に「断りにくい雰囲気」が生まれ、応需率は自律的に上昇していきます。
救急隊との関係構築もこの時期に始まります。「あの病院は断らない」という口コミは、救急隊の間で確実に広がります。ある現場の救急専門医は、「救急隊もこの先生がいる日は断らないという認識ができてきて、かなり幅広く要請が来るようになった」と語っています。
応需率が安定した後、入院率の上昇として経営的な成果が顕在化してきます。救急搬送からの入院が増えることで病床稼働率が上がり、収益に直結する構造が完成します。同時に、「救急を受ける病院」という組織文化が定着し、院内の意識改革も加速していきます。
この時期にやってはいけないのは、「目標を達成したので投資を止める」ことです。救急改革は継続的な仕組みの運用であり、一度止めると応需率は速やかに低下します。
各フェーズで到達すべきKPIと、そのための具体的な打ち手を整理します。
0〜3か月(立ち上げ期)の打ち手と到達KPI
到達KPIは「応需基準マニュアルの完成」と「院内合意の形成」です。具体的な打ち手としては、応需基準の文書化(どの症状なら受ける・どの条件で断るのかを明文化)、外部医師の導入による当直体制の安定化、そして断り理由を記録・共有する仕組みの構築が挙げられます。ある2次救急病院(262床)では、「ベッドが8割充足したら近隣・かかりつけ患者に限定」という受入上限ルールを設計し、無制限な受入による病棟負荷を防止しました。受入ルールの「設計」が、この時期の最重要課題です。
3〜6か月(定着期)の打ち手と到達KPI
到達KPIは「応需率80%到達(導入前比+10pt以上)」と「救急隊との信頼関係の構築開始」です。打ち手としては、断り事例の振り返りの定例化、外部医師の質管理(アンケートやフィードバック制度の運用)、そして救急隊との定期的な情報交換が重要になります。ある2次救急病院(262床)では、応需率が60%台から90%以上へと改善し、病床稼働率も約9割で安定するようになりました。
6〜12か月(成果期)の打ち手と到達KPI
到達KPIは「入院率+10pt以上」と「年間収益への明確な寄与」です。打ち手としては、救急搬送からの入院導線の最適化、DPC管理の精緻化、そして出口戦略(転院先の確保・在院日数管理)の設計が求められます。ある2次救急病院(183床)では、救急搬送からの入院率が45%から57%へと12ポイント上昇し、上半期だけで1億円の増収を達成しています。
この病院は、常勤医の高齢化と属人的な救急体制に課題を抱えていました。「その日に出勤している医師次第」という不確実性が経営の不安定要因となり、看護師の精神的負担も深刻化していました。
外部の救急専門医を活用したシステマティックな当直体制を導入し、日勤帯の救急応需率がほぼ100%を達成。月平均12.8人の入院獲得(入院率75.8%)という成果につながりました。当初の目標は「月3人入院増」でしたが、大幅に上回る結果となっています。
同院の事務部長は次のように語っています。「当初は月に3人入院が増えれば御の字と考えていました。しかし蓋を開けてみれば、月平均12.8人もの入院患者様を受け入れることができています」
この事例のマイルストーンは明確です。まずマニュアル化と外部医師導入で「受けられる体制」を作り(0〜3か月)、応需率を安定させ(3〜6か月)、入院率の向上で収益に直結させた(6〜12か月)という段階を踏んでいます。
この病院では、急性期入院料の区分転落、看護師不足による病床削減、物価高騰の三重苦に直面していました。着任した副理事長は「国の政策誘導に徹底して乗る」戦略を打ち出し、高齢者救急の応需率向上、訪問診療の立ち上げ、算定漏れ是正の3本柱を同時並行で実行しました。
結果として、救急車受入件数が昨対比40%増、年間1,000台を突破。入院率が45%から57%へ上昇し、上半期だけで1億円の増収を達成しています。
この事例が示すのは、救急改革は単独の施策ではなく「政策誘導×複数施策の同時並行」として設計する方が成果が大きいという点です。改革の初月から全てを同時に始めるのではなく、3か月ごとのフェーズで施策を追加していく設計が奏功しています。
2つの病院を統合して開院したこの3次救急病院は、文化も給与体系も異なる組織を一つにまとめるという困難な課題を抱えていました。院長は「文化を統合するのではなく新しい文化を作った」とインナーブランディングの重要性を語っています。
開院年には19億円の赤字がありましたが、毎年数億円ずつ改善を重ね、3年目に4億円程度の赤字、5年目には5億円程度の黒字を見込むまでに至っています。病床稼働率も90.6%から93%へと年々上昇しています。
この事例が示す成熟度カーブの特徴は、改革の成果は線形ではなく、一定期間の「耐える時期」を経た後に加速度的に改善するという点です。経営層に求められるのは、この「耐える時期」に改革を止めない意思決定の持続です。
規模や状況は異なりますが、3事例に共通する成熟度カーブの傾向は以下の通りです。
最初の3か月は仕組みづくりに集中し、目に見える成果は限定的です。3〜6か月で仕組みが定着すると、応需率が安定的に上昇します。そして6か月以降に入院率や収益という経営指標への反映が始まります。この「3・6・12」のリズムを事前に理解しているかどうかが、改革の成否を分けています。
2026年度診療報酬改定では、急性期病院A(救急2,000台以上・全身麻酔1,200件以上)と急性期病院B(主な要件として救急車受入1,500台以上、または救急500件以上かつ全身麻酔500件以上。このほか人口20万人未満地域や離島等での要件あり)という新区分が創設されました。
中医協の医療経済実態調査(第25回)によれば、令和6年度の一般病院全体の損益率は▲7.3%であり、赤字施設の割合は67.6%——前年度に続き約7割の病院が赤字という厳しい経営環境にあります。改定率3.09%の内訳は、賃上げ分1.70%、物価対応分0.76%、食費・光熱水費分0.09%、経営環境悪化に伴う緊急対応分0.44%、効率化等で▲0.15%、これら以外の改定分が0.25%という構造になっています。すなわち、その大半が賃上げ・物価対応・緊急対応といった用途で事実上限定されており、病院が自由に経営判断に活用できる純粋な裁量財源は限定的です。
こうした環境下で、救急車受入実績は診療報酬上の「生存ライン」としての意味を持ちます。改革に着手してから急性期病院Bの要件である年間1,500台に到達するまでに、どれだけの時間がかかるのか。この時間軸の設計こそが、今の経営判断で最も問われているテーマです。
救急改革の12か月マイルストーンを「組織成熟度カーブ」として整理すると、以下の3点に集約されます。
第一に、救急改革には「3か月(仕組みづくり)→6か月(定着)→12か月(成果)」という段階があり、この時間軸を経営計画に組み込む必要があります。
第二に、立ち上げ期に「成果が出ない」と判断して改革を止めることが最大のリスクです。成熟度カーブは最初の数か月が最も緩やかで、6か月以降に加速する構造を持っています。
第三に、2026年度改定で救急車受入実績が急性期病院の選別基準として明示された今、改革の時間軸設計は「いつか始める」ではなく「今から始めて、12か月後にどこに到達するか」という具体的な問いとして経営層に突きつけられています。
「成果が出るまでの耐える期間」を経営層と現場が事前に合意しておくこと——これが、改革を途中で頓挫させないための最も重要な条件です。
Q. 救急改革は何か月で応需率80%に到達できますか?
多くの実施事例では、マニュアル化と外部医師の導入を同時に行った場合、3〜6か月で応需率80%に到達するケースが確認されています。ただし、これは院内合意の形成と断り理由の共有が並行して行われていることが前提条件です。応需率60%台の病院が90%以上を達成した事例でも、受入ルールの設計と外部医師の質担保が同時に機能して初めて短期間での改善が実現しています。
Q. 救急改革の初期投資はいつ回収できますか?
ある2次救急病院(182床)の事例では、外部医師導入の費用を「コストではなく投資」と位置づけ、初年度で年間3,600万円超の売上増を達成しています。別の2次救急病院(183床)でも上半期で1億円の増収を実現しており、適切な体制設計が行われれば、6〜12か月での投資回収は現実的な目標です。
Q. 2026年度改定で新設された急性期病院A・Bとは何ですか?
2026年度診療報酬改定で新設された急性期病院の区分です。急性期病院Aは救急車年間2,000台以上・全身麻酔1,200件以上、急性期病院Bは救急車1,500台以上、または救急500件以上かつ全身麻酔500件以上が主な要件となっています。従来の「看護配置」による評価から「病院の実績と機能」による評価へとシフトした改定の象徴的な区分です。
Q. 救急改革の12か月で最も失敗しやすい時期はいつですか?
最も危険なのは3〜4か月目です。立ち上げ期の仕組みづくりが一段落し、しかしまだ明確な収益成果が見えないこの時期に、「効果が出ていない」と判断して改革を後退させるケースが少なくありません。組織成熟度カーブは最初の数か月が最も緩やかで、6か月以降に加速する構造を持っているため、この「耐える時期」を事前に経営計画に組み込んでおくことが重要です。
Q. 救急専門医がいなくても改革は可能ですか?
可能です。全国の救急告示病院4,000施設に対し、救急専門医の登録数は約6,300人。実際に救急の現場で働く医師はさらに少ないのが実態です。ほとんどの救急外来は「救急医以外の医師」で運用されています。応需基準のマニュアル化と外部リソースの活用により、救急専門医が不在でも応需率を大幅に改善した事例は複数存在しています。詳しくは関連記事「救急専門医がいない病院の経営判断」をご参照ください。
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執筆・編集・監修
執筆・編集:ドクターズプライムワーク編集部
「救急車のたらい回しをゼロにする」をビジョンに、100病院を超える支援実績を持つ救急改善プラットフォーム「ドクターズプライムワーク」を運営しています。現状を可視化する「データ分析」と、病院が主体となって医師を確保できる「採用プラットフォーム」を一体で提供し、「自分らしく選べる医療をすべての人に」届けるための基盤を構築しています。 当編集部では、医療機関の変革に伴走する中で得られた現場特有の課題や解決のヒントを整理し、病院運営の質を高める有益な情報を発信しています。
監修:田 真茂(株式会社ドクターズプライム 代表取締役・医師)
聖路加国際病院救命救急センターで当直帯責任者を務めた後、2017年に株式会社ドクターズプライムを創業。詳細プロフィールは、会社紹介ページの監修・運営者情報をご覧ください。
参考情報:厚生労働省、消防庁、中医協、四病協資料、自社実績データ



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