更新日:
2026/5/13

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keyboard_arrow_right「救急受入を強化したいが、常勤医から強い反発が出ている」「救急委員会で方針は決まったが、現場の医師が動かない」「『これ以上は無理』という声に、経営層としてどう応えればいいかわからない」——こうした声を抱える病院の院長・副院長は少なくありません。
救急受入強化の最大のボトルネックは、しばしば常勤医の合意形成にあります。救急マニュアルを整備し、委員会で方針を決めても、現場の常勤医が納得しないまま施策が動かされると、応需率は表面的には上がっても、医師の疲弊・離職・士気低下という形で別の経営リスクとして跳ね返ってきます。
本記事では、救急受入強化をめぐる常勤医との対話を5ステップの対話設計として整理します。多くの病院経営者から繰り返し聞かれる「常勤医師の負担軽減が主要な議論テーマ」「常勤医師の賛否や懸念点」という声に応える、経営者が院内で実行可能な対話の処方箋を提示します。
論点 | 結論 |
|---|---|
対話が進まない3大原因 | 経営層の数字論と現場の疲弊感がすれ違う/反対意見を「説得対象」として扱う/対話の場が委員会のみ |
5ステップの対話設計 | ①不安の言語化 ②負担実態の可視化 ③受入強化の真の目的共有 ④打ち手の共同設計 ⑤運用の段階的合意 |
使ってはいけない言葉 | 「経営のため」「他院ではできている」「とにかく受けてください」 |
使うべき言葉 | 「先生方の負担を増やさずに」「データで検証しながら」「段階的に」 |
対話の場の設計 | 委員会の前後に1on1を必ず設置/対立議題を委員会前に解消 |
本記事の位置づけ | 戦略総論ではなく「常勤医との対話プロセス」に特化。組織戦略全体は関連記事を参照 |
救急受入強化に向けた院内合意形成の中で、最も難所になるのが常勤医との対話です。経営層は数字とデータで説明しようとし、現場の常勤医は日々の疲弊感を訴える。この両者のすれ違いには、3つの構造的な原因があります。
経営層は応需率・DPC収益・入院転換率というKPIを見ています。一方、常勤医が抱えているのは「先月の連続当直」「週末も呼び出しが続く」「疲労が抜けない」という身体的・精神的な疲弊感です。KPIの言葉と疲弊感の言葉は、別の言語体系であり、そのまま会話してもかみ合いません。
数多くの病院経営陣や現場の医師からヒアリングを重ねる中でも、「常勤医師の高齢化」「常勤医師の退職により準夜勤の募集が困難」「常勤医の人数確保が厳しい」という発言が繰り返し聞かれます。常勤医がこれ以上の負担増に強く反応するのは、すでに限界近くで働いているという背景があるためです。
経営層が「説得しなければ動かない」というスタンスで対話に臨むと、常勤医は防御的になります。反対意見は「説得して変えるべきもの」ではなく、「組織として解決すべき課題のシグナル」として扱う視点が必要です。「先生方の懸念は正当で、それを踏まえた打ち手を一緒に作りたい」という姿勢が、対話の起点になります。
院内の意思決定は委員会で行われることが多いですが、委員会という公式の場では、常勤医の本音は出にくいものです。同僚の前で「これ以上は無理だ」と発言することは、医師としてのプロ意識を傷つける行為と受け取られかねません。委員会の前後に1on1の対話の場を別途設けないと、表面的な合意で終わってしまうリスクがあります。
実際の事例として、関東圏の200床規模の2次救急病院で「常勤医師の負担軽減が主要な議論テーマ」として継続的に対話を重ね、応需率を60%から85%に改善した事例も確認されています。同院の院長は「最初の3ヶ月は説得ではなく傾聴に徹した」と振り返っています。対話のスタンスこそが、合意形成の成否を分ける決定要因なのです。
すれ違いを解消し、常勤医との合意を形成するためには、対話そのものを設計する必要があります。以下の5ステップを順番に踏むことで、反対意見が組織の課題として共有され、共同の打ち手につながります。
最初のステップは、常勤医が抱える不安を言葉にしてもらう時間です。経営層からの説明は最小限にとどめ、常勤医の発言を引き出すことに徹します。
問いかけの例:「救急受入を増やすという話を聞いて、最初に頭に浮かんだ懸念は何ですか」
避けるべき問いかけ:「なぜ救急受入を増やすのが嫌なんですか」(態度を硬化させてしまう)
対話の場:1on1または3〜4名の少人数ミーティング。委員会では本音は出ない
このフェーズの目的は、「合意形成」ではなく「不安の棚卸し」です。常勤医から出てくる懸念は、おおむね以下のカテゴリに分類されます。
当直負担の増加(連続当直・呼び出し頻度)
専門外症例への対応不安(訴訟リスク・診療の質)
夜間体制の不確実性(応援医師の不在)
将来への不安(このペースで何年続けられるか)
不安を全て聞き切ることが、次のステップの前提になります。
不安が言葉になったら、次は現状の負担実態をデータで可視化します。経営層と常勤医が「同じデータを見て話す」状態を作ることが目的です。
可視化すべきデータ:
当直回数(医師別・月別の推移)
救急対応件数(時間帯別・曜日別)
専門外症例の比率
退院サマリー作成時間・残務時間
時間外労働時間(A〜C水準のどこに位置するか)
ここで重要なのは、「常勤医の疲弊感は主観ではなく、データとして客観的に裏付けられる」ことを共有する点です。経営層は「先生方の感じている疲弊は、データを見ても確かに存在する」というメッセージを明確に伝えます。
実際の院内会議でも、「常勤医師の負担軽減」と「応需率向上」を同じ会議で議論することが多くの病院で見られます。両立は対立ではなく設計の問題であることを、データを介して共有することが、Step 2の到達点になります。
不安と現状を共有したら、次は「なぜ救急受入を強化する必要があるのか」を、経営層が真正面から語る時間です。ここで「経営のため」「他院ではできている」という言葉を使うと、対話は瞬時に終わります。代わりに語るべきは以下です。
病院の存続条件:地域医療における自院のポジションと、救急受入が病院経営の生命線であること
2026年度診療報酬改定の構造変化:救急搬送受入実績に応じて「重症度、医療・看護必要度」の基準に救急患者応需係数の評価が厳格化・具体化された構造
常勤医の負担を増やさない設計が前提:受入強化の方法には、外部医師活用・体制再設計・退院・転院に向けた動線整備など多様な選択肢があり、常勤医に追加負担を強いるのは最後の選択肢
この段階で経営層が示すべきは「病院の経営戦略における救急の位置づけ」と「常勤医の負担増を伴わない打ち手の選択肢」の2つです。「とにかく受けてください」という言い方では、合意は得られません。
戦略を共有できたら、具体的な打ち手を経営層と常勤医で共同設計します。経営層が打ち手を持ってきて承認を求めるのではなく、常勤医を打ち手の設計プロセスに巻き込むのが鍵です。
共同設計すべき論点:
外部医師(非常勤・スポット)の活用範囲と曜日
当直マニュアルの内容(どこまで受けるか・専門医コール基準)
翌朝引き継ぎパスの設計
インセンティブ・評価制度との連動
常勤医がこのプロセスに当事者として関与することで、決定された打ち手への納得度が圧倒的に高まります。「自分たちが作った仕組み」になることが、現場での実行力を担保します。
非常勤医師の活用については関連記事「救急当直医の確保が難しい病院がやるべき経営判断」、医師紹介会社との手数料構造については関連記事「医師紹介会社の手数料構造」もあわせてご参照ください。
最後のステップは、いきなり全面展開せず、段階的に試行する設計です。「3ヶ月の試行→効果検証→継続判断」というサイクルを最初に明示することで、常勤医の心理的ハードルが下がります。
段階化の例:
第1段階(1〜3ヶ月):試行期間として、限定的な範囲(例:金曜夜間のみ、特定診療科のみ)で実施
第2段階(4〜6ヶ月):効果検証データを共有し、継続・拡大・縮小・撤退を委員会で決定
第3段階(7ヶ月以降):本格運用または再設計
「試行」という枠組みは、常勤医に「うまくいかなければやめられる」という安心感を与えます。同時に、データ検証と委員会決定のプロセスを組み込むことで、組織としての意思決定の重みも担保できます。
5ステップを正しく踏んでも、言葉選びで対話が崩れることがあります。経営層が常勤医との対話で避けるべき言葉と使うべき言葉を整理します。
NG表現 | 常勤医に伝わってしまう含意 |
|---|---|
「経営のために必要だ」 | 経営層の都合を医師に押し付けている/患者・医療の質が二の次に見える |
「他院ではできている」 | 自院の常勤医を否定している/競争で煽る姿勢 |
「とにかく受けてください」 | 思考停止の指示/医学的判断を軽視している |
OK表現 | 常勤医に伝わるメッセージ |
|---|---|
「先生方の負担を増やさずに進めたい」 | 経営層が常勤医の状態を理解している |
「データで検証しながら進めましょう」 | 主観論ではなく事実ベースで対話する姿勢 |
「段階的に試行する設計です」 | リスクを管理して進める意思 |
「先生方の懸念を打ち手に反映したい」 | 反対意見を否定せず、設計に活かす |
言葉選びは小さなことに見えますが、対話の入口でつまずくと、5ステップ全体が機能しません。経営層自身が言葉に注意を払うことが、対話設計の前提になります。
対話の中身に加えて、対話の場そのものの設計が合意形成の質を左右します。
場 | 目的 | 頻度 |
|---|---|---|
1on1(個別面談) | 常勤医個人の本音と懸念の言語化 | 月1回/重要施策の前後 |
少人数ミーティング | 同じ立場の医師同士での課題共有・打ち手の共同設計 | 隔週/施策ごとに集中 |
救急運営委員会 | 組織としての意思決定・進捗確認 | 月1回(定例) |
委員会は意思決定の場であり、本音の議論の場ではありません。委員会前に1on1と少人数ミーティングで議論を尽くし、委員会では合意の確認と決定を行うという構造が、表面的な合意で終わらない設計になります。
救急運営委員会の議題に、常勤医との対話の進捗を組み込みます。「今月実施した1on1の数」「主な懸念」「打ち手への反映状況」などを委員会で共有することで、対話プロセスが組織として可視化されます。委員会運営の詳細については、関連記事「救急運営委員会を月1回のPDCAエンジンにする」をご参照ください。
ここまでの内容を踏まえ、自院での常勤医との対話設計の現状を診断するチェックリストを整理します。
確認項目 | チェック | 改善余地のシグナル |
|---|---|---|
常勤医の当直・救急対応の実績データを医師別に把握しているか | ◻︎ | データなしの対話は主観論で終わる |
救急受入強化の議論を委員会以外の場でも行っているか | ◻︎ | 委員会だけでは本音は出ない |
経営層が常勤医と1on1で対話する場を月1回以上設けているか | ◻︎ | 個別の懸念把握ができていない |
常勤医の懸念を「説得対象」ではなく「組織課題」として扱っているか | ◻︎ | 防御的態度を引き出すリスク |
受入強化の打ち手を常勤医と共同設計しているか | ◻︎ | 押し付けは持続しない |
「経営のため」「他院では」という言葉を避けているか | ◻︎ | 対話の入口でつまずく |
試行期間を設定し、効果検証の仕組みがあるか | ◻︎ | いきなり全面展開は反発を生む |
外部医師活用・体制再設計など、常勤医の負担を増やさない選択肢を検討しているか | ◻︎ | 負担増を前提とした打ち手は破綻 |
2026年度改定の制度的後押しを常勤医にも共有しているか | ◻︎ | 経営層と現場で情報の非対称性 |
常勤医の発言が議事録に反映されているか | ◻︎ | 発言が消えると不信感が生まれる |
「該当しない(チェックがつかない)」項目が半分以上ある場合、対話設計を構造的に再設計する必要があります。
経営層(院長・副院長)が「説得ではなく傾聴」のスタンスで臨む準備ができている
常勤医の負担実態データ(当直回数・救急対応件数等)が揃っている
1on1または少人数ミーティングの場を設定する権限と時間がある
段階的試行の枠組みを許容する意思が経営層にある
救急運営委員会との連動運用が設計されている
救急受入強化をめぐる常勤医との対話を機能させるために必要な視点は、次の3点に集約できます。
対話は「説得」ではなく「設計」です:5ステップ(不安の言語化・負担可視化・目的共有・共同設計・段階試行)を順番に踏むことで、反対意見が組織の課題として共有され、共同の打ち手につながります
言葉選びと場の設計が対話の質を決めます:「経営のため」「他院では」を避け、1on1と少人数ミーティングを委員会の前後に設置することで、表面的な合意で終わらない実質的な合意形成が可能になります
常勤医の負担を増やさない打ち手の選択肢を、経営層が用意しておくことが前提です:外部医師活用・体制再設計・出口動線整備など、多様な打ち手を持って対話に臨むことが、常勤医との信頼の前提になります
自院の常勤医との対話設計、および応需率改善の具体策を検討される際は、外部の専門人材プラットフォームやデータ分析支援の活用も有効な選択肢となります。救急対応に特化した非常勤医師の活用によって常勤医の負担を増やさずに応需率を改善するアプローチや、データに基づく客観的な負担実態の可視化は、救急体制の再設計を大きく前進させます。本記事で触れた関東圏の200床規模の病院の事例も、こうした外部リソースの適切な活用により実現しています。
組織改善: 応需率を組織として改善する5つの戦略については[救急応需率を改善する5つの組織戦略]をご参照ください。
現場理解: 看護部が受け入れに難色を示す背景と設計のコツは[看護部が「受けないで」と言う本当の理由]で解説しています。
対立解消: 救急部と各診療科の摩擦を防ぐルール作りについては[救急部と各診療科の対立を解消する院内ルール]をご覧ください。
経営改善: 常勤医との対話を通じた応需率向上と収益化への道筋は[病院経営の黒字化に向けた処方箋]に詳しくまとめています。
参照元
厚生労働省「医師の働き方改革」関連通達(A〜C水準)
厚生労働省「救急医療体制等のあり方に関する検討会」関連資料
中央社会保険医療協議会「令和8年度診療報酬改定 答申」(2026年2月)
執筆・編集・監修
執筆・編集:ドクターズプライムワーク編集部
「救急車のたらい回しをゼロにする」をビジョンに、100病院を超える支援実績を持つ救急改善プラットフォーム「ドクターズプライムワーク」を運営しています。現状を可視化する「データ分析」と、病院が主体となって医師を確保できる「採用プラットフォーム」を一体で提供し、「自分らしく選べる医療をすべての人に」届けるための基盤を構築しています。 当編集部では、医療機関の変革に伴走する中で得られた現場特有の課題や解決のヒントを整理し、病院運営の質を高める有益な情報を発信しています。
監修:田 真茂(株式会社ドクターズプライム 代表取締役・医師)
聖路加国際病院救命救急センターで当直帯責任者を務めた後、2017年に株式会社ドクターズプライムを創業。詳細プロフィールは、会社紹介ページの監修・運営者情報をご覧ください。
参考情報:厚生労働省、消防庁、中医協、四病協資料、自社実績データ
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